東海道新幹線からの山岳展望
新幹線から山座同定を楽しむ(2)三島=静岡
前回は、東京と新富士の間で見える主な山を紹介したが、今回、少し戻って三島から静岡に至る区間での景観を取り上げる。主役は、富士山であり、南アルプスである。新富士駅から富士山まではわずか
25 kmであり、仰角は 8.5°である。この程度の角度でも、高いところに聳えているという感じである。他方、南アルプスの
3000 m峰は、最南端の聖岳でさえ 57 kmも離れており、仰角は
3.0°でしかない。はるか遠くに小さく見えるだけである。しかも、南アの峰々は前山のうしろに見え隠れする。同定は大変であるだけ、楽しみも多いというものである。
三島駅の西北方向には愛鷹連峰がどっしりと座っている。最初の図は、長泉町下土狩(三島駅の少し西)からのものである。愛鷹山から位牌岳、前岳までが見え、前岳の右に富士山が大きい。
三島駅からのぞみで1分半ほどの所で、富士山が愛鷹山に一瞬だけ隠れるときがある。これを過ぎると、越前岳と愛鷹山の位置が逆転する。連峰のもっとも迫力ある姿は赤渕川の付近で見ることができるのであるが、ここでは2枚目の図として富士川町中之郷(富士川を越えた所)からのものを載せておく。越前岳が盟主としての風格を見せている。呼子岳の右側に、鋸岳の激しいアップダウンもかすかに見ることができる。二つの図を比べると、これだけ単純な構造の山並みなのに、単に逆転したものとなっていない所が面白い。
南アルプスの3000m峰は主なものだけで12座ある。東海道新幹線からは、仙丈ヶ岳を除いてすべてを見ることができる。主なものと書いたのには理由があり、中白根山、丸山については、ピークを認めた自信がないのである。三島西の御殿場線の所からもすでに一部が見え始めるが、岳南鉄道江尾の近くで全体を見渡すことができるようになる。赤淵川の付近(富士市中里)からは、図に見るように邪魔する建物もなく、すばらしい展望となる。左から、下十枚山から笊が岳への白峰南嶺の長大な稜線、その後少し低くなったのち、天子山塊がいくつかの峰を連ねて大きく見える。雪の季節には、下十枚山の「月夜の段」がベッタリと雪に覆われるので、よい目安になる。さて、南アルプスであるが、この位置からは、聖岳、赤石岳、荒川三山、塩見岳と6座の3000m峰の頂きが見える。新富士駅に近づくにつれて、塩見岳の北側も視野に入ってくる。笹山から広河内岳への長い山稜、ならびに西農鳥岳、農鳥岳、間ノ岳である。
新富士駅を過ぎると、近くに、ラクダのコブのような岩本山が目につく。頂上手前にアンテナがある右側がわずかに高い。そのコブとコブの間に、広河内岳、農鳥岳、間ノ岳が見える場所では、赤石や悪沢もかすかに見えるので、ベストポイントの一つである。
もう少し進むと富士川の手前に小さな川がある。川沿いにフジロイヤルプラザホテルが面しているので目安になる。ここから三石山の右うしろに頭の先だけの北岳が見えるが、それを北岳と見分けるには余程の予備知識がないと無理であろう。そのとき三石山の左には広河内岳、農鳥岳、間ノ岳が見えている。もう少し西に行き、北岳が三石山の左になったときに、農鳥岳、間ノ岳、北岳の白根三山が並んだ姿を、ごく短時間だけ拝むことができる。富士市森下(種清の建物にさしかかる所)で、ここからの展望図を示しておく。さらに数秒西に進み、農鳥岳、間ノ岳が隠れてしまったときに、もっとも北岳らしいピラミダルな姿となる。これを最後に南アも当分お預けとなる。
南アが見えなくなったら、最後の天子山塊を振り返っておこう。長者ヶ岳、毛無山の右に、雨ヶ岳、少し低くなったのち、本栖湖の手前にある竜ヶ岳までが見渡せる。竜ヶ岳の右はもう富士の裾野である。
地形図を見ながら同定をするときに、うっかり陥りやすい落とし穴がある。地図に名前がある山が、その一帯で最も高い山とは限らないのである。長者ヶ岳や毛無山では、それらのすぐそばに10m以上高いピークがある。七面山の場合でも、三角点のある1982mのピークより南側に1990m級の山稜が続く。また、十枚山の名前は載っているが、それより6m高い下十枚山の名前は地形図にはない。
富士川を過ぎると蒲原、由比、興津と比較的長いトンネルが続く。最後の短い袖師トンネルをくぐると清水の町に飛び出す。トンネルを出てすぐの所が、安倍奥のビューポイントである。庵原川(静岡市袖師)から見た真富士山方面のスケッチを図に示す。第一真富士山の見えている時間は短く、すぐに前山に隠されてしまう。その代わりに、その頃になると、下十枚山の右に独立峰の篠井山がすっきりとした姿を見せる。これらの山の左手に目を転じると、高山、竜爪山が目立っている。両方とも双耳峰であり、見る角度で双耳の相対位置が刻々と変化する。高山について言えば、図の位置からは、南峰が左に見えているが、巴川で重なり、谷津山に近づく頃には本峰が左に見えるようになる。竜爪山(文殊岳と薬師岳)の方は、ほとんどの所で文殊岳が左に見えている。両者が重なるのは安倍川を過ぎてからである。
左側車窓からは、久しぶりに名のある山が見える。沢山のアンテナが立っている日本平にある有度山である。徳川家康のゆかりの土地で、山の向こう側には家康のために作られた久能山東照宮がある。清水から静岡までずっと見え続ける。
在来線草薙駅の手前で竜爪山を隠すように立ちはだかる低山のひとつに梶原山がある。名前は梶原景時に由来している。景時は、石橋山の戦いでは平家方として参加したが、敗れた源頼朝を見逃したことが縁で、その後頼朝に重用された武人である。頼朝の死後、対立勢力との戦いに敗れ、この山で自害したという。
東名高速道路と交わったあと、竜爪山の左に若山が、そしてその左に大棚山が目立つようになる。この両者の間に南アルプスをチラチラと望める個所が、古庄、長沼付近で何カ所かある。最後の図に示したのは、静岡鉄道と交差したあとの古庄からの眺めである。大棚山の右手に両無間山、そして南アの茶臼岳、上河内岳、両聖岳となる。もう少し西に行って、長沼駅近くの車両基地からなら、赤石岳が見える。そのあと、谷津山がすぐそばに立ちはだかり、展望が中断する。谷津山を過ぎた後、ふたたび南アの峰々が見える。近くには、浅間山から賤機山にかけての低山が見える。柚木あたりで、後方を振り返ると、予想以上の大きさの富士山がある。
毎日登山の対象をもっている町はよい雰囲気をもっている。そのような町に泊まる機会があると、早朝に市民の間に交じって歩くのを楽しみにしている。静岡の谷津山や賤機山はそのような山である。駅のすぐ東には八幡山もある。登山というには少し低すぎるかもしれないが、これも気軽に登ることができる。それでいて、アルプスにも近い。静岡駅前を8時過ぎに出るバスに乗れば、聖平小屋や千枚小屋まで楽に入ることができる。静岡市民は幸せである。