東北新幹線からの山岳展望
新幹線から山座同定を楽しむ(5) 仙台=新花巻
仙台市内からは見えない船形山
これまで見てきた磐梯、吾妻、蔵王などももちろん、みちのくの山にはちがいないが、都会の山に近い風情も多少もっている。これから出会う船形連峰、鬼首周辺、焼石連峰はまだまだ静かな雰囲気を残しており、貴重な山域と言える。
仙台から古川にかけての主役は船形山である。名取川から七北田川までの間が新幹線にとっての仙台市であるが、仙台市内からは船形山の頂上を見たことはない。標高が80-100 mばかり低い蛇ヶ岳、三峰山、後白髪山が船形山の前面にあり、ギリギリの所で隠していると思われる。大変悩ましいのであるが、おそらく見えないと思っている。山頂にも何度か登ったが、いずれも下界はぼんやりと霞んでおり、新幹線の線路を見つけることはできなかった。仙台駅を出たばかりで仙山線と分かれるところからも、後白髪山から三峰山、泉ヶ岳にかけての稜線がくっきり見えるが、船形山の頂上は見えていない。泉ヶ岳は仙台市内から近く、一年を通して、ハイキング、スキー等を楽しむ老若男女でにぎわう人気の山である。岩切近辺、あるいは少し北の利府あたりからも奥羽山脈が展望できるが、やはり船形山頂は見えない。図に示したのは、岩切で在来線と交差する所から見た蔵王連峰から面白山にかけての奥羽山脈である。折角の好展望地であるが、蔵王は仙台市中心部の先にあるため、くっきりと見えることが少ないのは惜しい。
愛嬌たっぷりの七ッ森
利府のあとの小トンネル群が終わると、吉田川のところで泉・船形を背景に七ッ森が面白い形を見せる。このグループでは兄貴格の笹倉山が左に外れているが、あとは松倉山から遂倉山までがひと塊になって見える。この位置からは蜂倉山が大倉山に隠れて見えないので、7つのうち6つが見えている。低い山がごく近いところに寄り添っているのであるが、全部を歩こうとすると、峰ごとに毎回100 mを越える高度差を上下せねばならない。笹倉山登山口への移動には車を使うにしても、全部を1日で歩くには、多少の忍耐が必要である。図のように、この地点から北では船形山の頂上を認めることができる。
古川の真西にある薬莱山も、お椀を伏せたような形の愛らしい山で、加美富士の別名をもつ。七ツ森と同様に200万年より以前にできた第3系火山である。
難題の一つ、荒雄岳周辺
古川から一関にかけては栗駒山が主役となる。一関からなら、たったの30 kmしか離れていないのであるが、いつもすっきり見えるとは限らない。それでも、どっしりと、しかも優雅に裾を伸ばしている栗駒山を見まちがうことはない。くりこま高原駅前後の田園地帯からの展望がよい。図に示したのは、駅のすぐ北から見たものである。花淵山、荒雄岳、須金岳、栗駒山などが見えている。花淵山の南には翁峠も見えるのだが、この図からはみだしている。峠と名付けられているのに、その近辺では一番高い山である。花淵山は連山の左端にあり、スキー場があるので、冬ならば見分けやすい。荒雄岳を中心とする一帯はいずれも1000 mに満たない高さなので、見分けることはかなり難しい。藪漕ぎをしないと頂上に立てない須金岳は、その後に屏風のように広がっているので比較的わかりやすいであろう。秋田県の虎毛山はさらにその後方になる。虎毛山は、くりこま高原駅前後からでは須金岳に隠れているが、もっと南の江合川から見ると、荒雄岳グループの上に頭をのぞかせている。頂上一帯が高層湿原のお花畑の中にあるという珍しい山で、気分のよい山頂である。
外輪山である花渕山、大柴山、禿岳、須金岳に囲まれた鬼首カルデラの地形も興味深い。荒雄岳、ツクシ森、山王森など同じような高さのいくつもの火口丘を、江合川の2本の支流が8 km×10 kmの楕円形となって取り囲んでいる。この2本の川の源流が非常に近接しているため、地形図を見るとほぼ完全なリング状の川となっているのである。
東側車窓の展望
この区間も東側には高い山がないが、簡単に紹介しておこう。古川とくりこま高原のほぼ中間で、鉄塔のある、なだらかな加護坊山がまず目につくであろう。その後の箟岳山とともに、田村麻呂が蝦夷と戦った場所である。それら以外の山はかなり遠くなるので分かりにくい。南から順に、広い牧場の中にある上品山、国内の硯の大半を産する硯上山、イヌワシのいる翁倉山、ツツジで埋まる徳仙丈山・大森山などがとりとめのない姿で並んでいる。うんと北に行ってから見える室根山は、周りから独立してピラミダルな姿を見せているので判別しやすい。室根小富士とか磐井富士などの別名がある。さらには、水沢江刺と北上の中間あたりで、物見山がきれいな稜線を見せる。種山ヶ原という別名がふさわしい、ゆったりとした山容である。
焼石岳の山頂も見分けにくい
西側で、栗駒山の次の主役となるのは焼石連峰である。一関の北、磐井川と北上川の間で栗駒山と焼石連峰が一望できるが、焼石は山塊として見えるだけである。水沢江刺駅を過ぎると、焼石もだんだんと大きくなってくる。人首川、伊手川あたりからは、東焼石岳の左に焼石岳の頂上が顔を見せるが大変分りにくい。北上川が接近する金ヶ崎になると、焼石連峰がさらに迫ってくるが、図に示すように、焼石岳の山頂は見えていない。われこそは焼石の盟主といった顔の経塚山、すっきりとした三角形で手前に聳える駒ヶ岳、夏油スキー場がある兎森山などが目安になる。駒ヶ岳は他の峰に比べて昔から人目を引きやすかったものとみえ、谷文晁の「日本名山図会」にも登場している。
青黒い海坊主のような駒頭山
北上駅と花巻トンネルの間、さらには猿ヶ石川の北から、800-900 mの毒ヶ森山塊が西側に望める。なんの変哲もないスカイラインであるため、かなりの山好きの人でもこの辺では窓から目をそらして弁当でも食べているかもしれない。それを敢えて取り上げるのは、人にほとんど出会わない静けさ、ブナの原生林、麓にある名湯などが相まって、東北の山の魅力が詰まっているように思えるからである。
ここは、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」の舞台である。「なめとこ山の熊のことならおもしろい。なめとこ山は大きな山だ。淵沢川はなめとこ山から出て来る。なめとこ山は一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている。まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。」で始まるが、駒頭山の周辺にはまさにその形容がぴったりの風景が広がっている。図は、猿ヶ石川の少し北からの展望である。
全国各地に富士の名をつけた郷土富士と呼ばれる山が数多くある。その多くは、姿が富士山に似ていることからつけられたものである。今回の区間からも4つの郷土富士が見えた。東北新幹線全体でいくつ見えるだろうか。