2025. 02. 18 高取山・東山・天井川右俣
今回も六甲山系の中の未経験の破線路を歩く計画の一環。JR鷹取駅からバスで水野橋まで行き、名水の森という優雅な名前の谷を遡って東山に登ったのち一旦下山して、禅昌寺から高倉山に登り直すという計画だったがいつものようにJRが遅延して、急遽反対まわりで歩くことにした。
同行: 単独
コースタイム:
1002 鷹取団地前BS、1028 高神滝、1044 安井茶屋、1052 月見茶屋、1057-1101 高取神社、1117-1126 荒熊神社、1209 千歳町支線#6、1221 禅昌寺町の下山口、1234 明神町の登山口、1242-1313 昼食、1332 P154.5b、1352 横尾二丁目への分岐、1357 鷹取支線#6、1409-14 東山、1436 水野橋への分岐、1453-1519 堰堤を迂回、1627 巨大堰堤を振り返る、1635 天井川憩いの広場(旧名水の森入口)、1640 水野橋BS、1654-1700 山陽電鉄月見山駅
バスを降り、高取山町の住宅街の中の急な坂道を登って行く。高取大明神から山道となる。高神滝という標柱の立つ所にはいくつかの建物が雑然と並んでいたが、滝は見えない。ドアがあったのでノブを回してみると開いた。その中に滝があったが、パイプからチョロチョロと流れ落ちているだけだった。そばに立つ高神瀧と書かれた立派な石碑と対照的。山行記録に水流の多い写真もあったので、枯れてきたのだろう。左奥に高取神社の一角が顔を見せ、堀切・丸山方面からの道と合流する。そこからは菊水山方面の山々を望むことができた。安井茶屋と月見茶屋の中間からの展望の方がやや優れており、イヤガ谷東尾根の山塊、菊水山、石楠花山、鍋蓋山、再度山(高尾山)、摩耶別山、摩耶山(六甲山)が認められた。月見茶屋を過ぎ、鳥居の奥に続く神社への参道となっている長い石段を登る。境内から神戸中心部や長田一帯が一応眺められたが、遠方は全く見通せなかった。
![]() 高神滝 |
![]() 高取神社が見えてきた |
![]() 安井茶屋 |
![]() 菊水山、鍋蓋山、摩耶山など |
![]() 神社への参拝路 |
![]() 高取神社本殿 |
![]() 神社から神戸方面 |
![]() 神社から長田方面 |
今回はピークより、未経験ルートが目的なので、高取山の山頂はスキップし、石段の下で荒熊神社の方へ進もうとしたが、右手に進まないといけないのに左手に進んでしまう。「全山縦走路」という矢印があったので、それが須磨の方へ進む道かと思ってしまった。何度も来ているのに迂闊だったが、この神社の下の道を歩いたことがなかったのではないかと前向きに考えることにする。鳥居の所で引き返して荒熊神社に向かう。そこも山頂部へ続く石段をスキップして左手の巻き道を辿る。いつもは三角点のある山頂部を通っていたので、おそらくこれも初めての道。巻き道と本道が合流する一歩手前で、禅昌寺へという標識の立つ分岐があった。
この下りは間違いなく初めて。道ははっきりしており、所々で須磨の町や須磨アルプスなどが眺められ、悪くはなかったが、全体に岩がゴロゴロしていて歩きにくい道だった。とくに千歳町支線#6の鉄塔の基部では気を使った。急傾斜している基部全体がツルツルの一枚岩でできており(人工のもの?)、普通ならとても下りることができない代物だったが、要所要所にボルダリングホールドのような突起が据え付けられており、それを頼りに無事下りることができた。そのあとは傾斜も緩み、気楽な道となる。このルートでは誰にも会わなかったが、市街地に出る少し前に、一人のハイカーが登って来られた。「よく来るのですか」と話しかけると、「ここの下りは怖いでしょう」と言っておられた。怖くはなかったが神経は使ったという感じだった。12時を過ぎていたが、昼食を摂りたっくなる場所はなかった。禅昌寺町に下り、県道を越えて明神町へ入り東山に向かう。
![]() 荒熊神社への石段 |
![]() 下山途中から横尾山 |
![]() 岩ゴロ道が続く |
![]() 千歳町支線#6 |
![]() 急傾斜の鉄塔基部 |
![]() 禅昌寺町に下山 |
東山への登山口が分からず、坂道をかなり登ってから間違いに気付き引き返す。交差点のそばまで戻っても登山口のようなものは見当たらない。キョロキョロしていると、ごく最近できたらしい立派な階段が目に入った。上を見上げるととくに住宅があるようにも思えないので、これが山道に繋がるのかと登って行くと正解だった。すぐにかなりの傾斜の登山道となった。倒木があったので、そこに腰掛けて、ザックから取り出したものが転げ落ちないように気を配りながら昼食とする。そこから50bほど登ると傾斜が緩むと小雪が舞ってきた。この日も日本海側は大雪なので、そのおこぼれが運ばれてきたのだ。気持ちよくP154.5bを通り過ぎ、下って行くとすぐに板宿の方への道などが交差する五差路となり、ここからは既知のルートとなる。横尾団地への全山縦走路、鷹取支線#6の鉄塔、高雄山への分岐を過ぎ、東山に着く。沢山の実をつけたハンノキの木があった。正面の須磨アルプスの先に横尾山、その左の栂尾山、さらに須磨三山の方が見渡せる素晴らしい展望台だ。右下には、ひときわ高いのは道正台の須磨パークヒルズなどの横尾団地のアパート群。本当はその奥にも色々と訪れたことのある低山が並んでいるはずだが、霞んでいてはっきりしない。馬の背の方へ下って行く。この方向で歩いたことはないかもしれないので、前方の馬の背の姿が刻々と変化して楽しい。コルまで下りると水野橋への分岐を示す標柱が立っている。
![]() 明神町から東山へ |
![]() 小雪の舞うP154.5b |
![]() 五差路を東山の方へ |
![]() 東山から鉄拐山、旗振山方面 |
![]() 東山から栂尾山、横尾山 |
![]() 馬の背にある水野橋への分岐 |
そこを南に向かって名水の森に出るのが今日の一番の楽しみだが、入口にロープが張られ、進入禁止の大きなプレートが架かっていた。直近にここを通過はしたのは2023. 05. 28だったが、そのときにはなかったように思う。大きな滝があることもなさそうなので、沢を下るだけなら問題ないだろうと入って行く。最初は藪っぽい感じだったがそのうち歩きやすくない、やはり警告はオーバーなのだろうと楽観したが甘かった。2013年に、下からここまで登った人が40分で来ておられるのも甘く見た一因。下調べが不十分で、もっと新しい記事を探しておくべきだった。2018年夏の西日本豪雨で一帯が大きなダメージを受け、すっかり沢の様子が変わってしまったらしい。それ以後ここに入った人のほとんどが尾根歩きのようだった。この右俣沢を遡行した記録を一つだけ見つけたが、「尾根の全縦路までの半ばぐらいのところで、堰堤を巻く道が2か所完全に切れていた。山側あるいは谷側にへつって何とか通過したが、はっきり言って危険」とあった。実際その通り危険だった。滝はなかったが堰堤が沢山あった。大概の場合にはなんとか越せたのだが、この日は2ヶ所で進退窮まった。上から20分ほど下った所の堰堤までは、かなりしっかりした道が続いていたが、その堰堤で下を覗いてみると、高低差は相当なもので、両側がすっぱりと切れていた。右岸を巻き上がって行ったが、なかなか下降点を見つけられず、20分も登って行く。小尾根を越え、やっと左手に見えた小沢に下りてみる気になった。なんとか南に向かって歩け、やがて中程度の沢に出て東に進むと、先ほどの大きな沢に復帰した。堰堤の50bほど下だったので、見上げても見えなかったが、50bの前進に25分も費やして迂回したことになる。そのあと楽に越せる堰堤がいくつかあり、沢の風景ものどかなものになったので、苦労は終わったのかと思ったが、そうはいかなかった。鎮座の滝やトンネル状になった堰堤があると言われている辺りでもう一度苦労する。やはり谷筋を歩けそうにないので右岸の高みに登って行く。尾根筋に出て比較的気楽に高度を下げる。そのうち沢が手の届くような所に見えたので下りて行き、また無理だと分かって登り直すというようなことを繰り返す。そのまま尾根を歩けばよかったらしい。やっと標柱があり、無事に帰りついたと実感する。標柱には右は「栂尾山・横」、左は「水野橋・月見」と下の一文字が土に埋もれていた。ここでやっと「少し遅くなる」と家人に連絡する気になれた。出口には「須磨名水の森」という看板やコース案内図があるとのことだったが、そのようなものはすべて撤去されていた。確かに「名水の森」という雰囲気は全くなかった。水野橋BSを通過するバスはなく、月見山駅まで歩く。前回歩いたときに、地元の人に駅への道を聞いたとき、随分と丁寧な教え方をしてもらった記憶があるのに、まっすぐ駅に向かったため、遠回りをしてしまい、特急を一つ乗り損なった。
![]() 真下の沢に出るまで25分かかった |
![]() やっと復帰した沢 |
![]() 越えるのに苦労しない堰堤も |
![]() 穏やかな様相になったが、、、 |
![]() 右俣と左俣の合流点の標柱 |
![]() 天井川憩いの広場 |