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2024. 01. 11  滝王山、三草山



2011.10にYHの例会で三草山に登ったが、頂上ではかなりの雨で、立ちながら昼食をとったことを鮮明に覚えている。下山しはじめると雨も小降りとなり、棚田の美しい景色を楽しんだ。この山を再訪するとともに、隣の未踏の滝王山にも行きたかった。

 

同行単独

コースタイム

0925 森上BS、0946 慈眼寺、1019 八坂神社、1034-37 五差路、1046 長谷三角点(507b)、1105-30 滝王山(570b)、1157-59 才ノ神峠、1220-33 三草山(564b)、1250 ゼフィルスの森入口、1320-27 慈眼寺、1350-56 岐尼(きね)神社、1402-25 森上BS

岐尼神社の前から南に進むと、畑から前山のうしろに三草山が、そしてその右手に滝王山が見える。この日は滝王山を第一目的としたので、立派な大木がある慈眼寺の所からさらに西に進む。右手は長谷川に沿った長谷の棚田が広がる。緑色や黄金色の稲穂はなく、冬枯れの田圃の姿は淋しいものだった。八坂神社の前を過ぎて五差路に出た。少し右手に進むとしっかりとした滝王山に行く山道が見つかった。すぐに三角点(点名長谷)のピークとなる。



三草山




慈眼寺




長谷の棚田




八坂神社




五分岐




点名長谷の三角点



緩やかな尾根を滝王山へと向かう。尾根の西側はスギ林、東側は雑木林。そのうち両側とも雑木林になり、やがて今度は西側が雑木林で東側にスギ林と変化する。頂上の手前に大きな岩が立ちはだかっており、近づくと上の方に小さな祠が祀ってあった。
滝王山の読み方が分からない。リュウオウサンと書いた記録があるが、正しいかどうか不明。地理院地図に山名が載っているのに、山名事典、山名総覧のいずれにも取り上げられていないのは珍しい。「滝」の音読みとしてはロウがあるだけで、リュウはない。



尾根の西は杉林、東は雑木林




滝王山近くの大岩




大岩に祀られた小さな祠



滝王山山頂



山頂からの下りでは、落ち葉でコースは分かりにくいためこまめにGPSのチェックが必要というコメントを見ていたので、そのようにした。確かに分かりにくく、何度も右往左往した。四辻に出て、実線路になると道はしっかりした。才ノ神峠は歴史上色々な面で重要な役割を果たした所で、源平の戦や戦国時代の合戦が繰り広げられ、多田銀山の銀を運ぶ交通の要衝にもなっていたらしい。多くの道標や地蔵像が残っている。地図の上では八差路になっており、三草山への山道はマイナーな存在のようだった。三草山への案内は地面に横倒しになっていた。しかし道はしっかりとしていた。やや急なところを過ぎると山頂近くの平坦地に出て、間もなく頂上の広場となる。雨の中で昼食を食べた前回の時と違い、明るい広々としたものだった。前回に見られなかった展望も満喫できた。六甲山、羽束山、宰相ヶ岳、大船山、滝王山、長谷三角点などが指呼できた。


あとは、ゼフィルスの森を経て下山。もちろん、今の時期にはゼルフィスに出会うことはない。神山の集落に近づいた辺りで、前方に横尾山、剣尾山が姿を見せてくれた。往路でスキップした慈眼寺に立ち寄る。立派な寺で、中でも南北朝時代の宝篋印塔はかなり大きなもので、価値のあるものらしい。来たときと違って長谷川に沿った道で森上に戻る。時間があったので、岐尼神社にも立ち寄る。8世紀にできたもので、代々朝廷の勅願所となっていたという。



才ノ神峠




三草山山頂




六甲山




羽束山、大船山




ゼフィルスの森の案内板




神山から剣尾山




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