トップページへ      地域別索引へ      中部地方索引へ       年次別索引へ



2012. 07. 21 - 25
 笠ヶ岳、双六岳


7/9の出張に合わせて計画したが、ピッケル・アイゼンが要るとの記事もあった。テント一式にさらに重いのが加わるのは困るので、購入していた切符を変更して一週間延期。笠ヶ岳から薬師までの4泊5日の予定だったが、またしても途中で挫折して、新穂高へ逆戻り。

同行: 単独


 

2012. 07. 21 新穂高からワサビ平へ

コースタイム

1313-22 新穂高BS、1428 笠新道入口、1442 ワサビ平


前日は東京での仕事を済ませてすぐに出発し、岐阜に泊まる。岐阜では雨が降っていたが、高山で下車するとやんでいた。バス停に荷物をデポして、食料品の買い出しをするついでに、国分寺や古い町並の見物をする。早めの昼食をすませ、11:40発のバスに乗る。しばらくすると雨が降り始めたが、平湯でまたあがる。ついているなと喜んでいたが、バス停を下りたときは本格的な降りとなり、走ってトイレの屋根の下に行く。何人かの人も同じように様子見をしている。

雨具をつけて歩き始める。林道の一部も雨がたまって歩きにくいくらいだったが、時々花の写真を撮ったりする余裕はある。笠新道の入口を過ぎるとすぐにワサビ平小屋。テント場は少し離れた広場。コーヒーを飲んだり、夕食の準備をするには雨を避けたいので小屋脇の屋根の下にある長いすを使わせて貰う。目の前に水道の蛇口があるので好都合。目の前にある広いテーブルや椅子が使えないのは残念。

荷物を広げると、4日分の昼食(行動食)用袋がない。汽車かバスの中に忘れてきたらしい。夕食や朝食用のものをどのように融通するかと頭を巡らす。しかし、ここは北アルプスなのでなんとかなりそう。小屋でとりあえず行動食用のスティックを3本購入しておく。小雨になった頃を見計らい、テントを張る。この日は合計3つだけ。笠ヶ岳は5,双六の初日は20、二日目は35程度だった。夕食を食べていると、小屋で素泊まりをしている人が隣に座って食事をはじめ、色々と山談義をする。神奈川の人で、最近鶏冠山に行ったとか、東沢を登ったという話をしておられた。丹沢も地元なので色々と思い入れがあるよう。





ワサビ平小屋



2012. 07. 22 ワサビ平から笠ヶ岳へ

コースタイム

0515 ワサビ平、0528 登山口、0655-0702 1700b標識、0833-40 2200b標識、1012-22杓子平、1045-1120 中食、1236-51 稜線、1255 三差路、1350-1400 休憩、1422-1512 テント場、1525-1600 笠ヶ岳山荘、1615-20 笠ヶ岳(2898b)、1636-44 山荘、1651 テント場

今回はいつものようなノンベンダラリでなく、夏山登山者の行動パターンに合わせて、早出早着をめざす。朝は3:30に起床し、5:15出発を達成。テントを畳むときはそれほど降っていなかったので助かった。登山口で雨具を脱ぐが、その後も着たり脱いだりを繰り返す。今回は休憩の回数が多く、計6回。休むたびに誰かが追い抜いていく。スニーカーにこうもり傘といったスタイルの若者は別として、皆さん大きな荷物を持っておられるのに、今回は抜かれるばかりで、抜き返すことはなかった。やはり、少し前から気になっているペースダウンが激しいようだ。大きな荷物と思っていたが、テント場には5つしかなかったので、小屋泊まりの人も結構の重装備をしておられるらしい。いくつかの所に、標高が書かれた標識があったのはよいアイデアだ。槍穂高の展望所というのも2回ほど出てきた。ガスの中では意味のない標識と思ったが、考え直すと曇りのときこそ意味があると気がついた。よく見えているときには、誰でも分かるので必要がないが、ガスの中を歩いているわれわれには想像力は働かせなさいという意味がある。そろそろと中・高山の花が出てくる。ニッコウキスゲ、ヒメサユリ、キヌガサソウなどを見ると山に来たなという実感を覚える。

やがて森林限界から抜け出し、杓子平を目指す頃になると、さらに多様な高山植物が見られるようになる。「疲れた身体を花たちが癒してくれる」と書いている人が多いが、新しい花を見るたびにカメラに収めようとすると、「疲れた身体を花たちがますます疲れさせてくれる」ということになる。杓子平に出る前からすでにお花畑がひろがっていたので、ひょっとしたらすでに杓子平にいるのかなと思った。やはりそうではなく、斜面を登り切ったところに杓子平という標識があった。そこからは笠ヶ岳方面が広がっており、晴れておればさぞすばらしい景観だろうと容易に想像できる。テントを張りたくなるような場所もあったが、もちろん禁止されている。そこを過ぎるとむしろ花は少なくなった。

しばらく登っていくとささやかながら日が射してきた。これはチャンスとばかり、中食とする。行動食がないので、できれば餅を入れたスープでも作って昼食代わりにしたいと考えていた。もう稜線の見当もついているので、ゆったりとした気分になれる。その後また色々と花があらわれ、稜線に達する。抜戸岳へ稜線づたいに行けるという案内があった。少し下りた所が三差路になっていて、左が笠ヶ岳、右が弓折岳方面となる。新道入口から休憩時間を除いて6:20かかっている。コースタイムは5:50なので、重荷のことを考えればまあまあか。それでも早くないことには違いない。




稜線近くから杓子平を振り返る


山荘までの道はときどき視界も広がり、気持ちよく歩けるが、笠ヶ岳はとうとう姿を見せてくれなかった。一息で行ける距離だったが、時間もたっぷりあるし、テント場までまだまだありそうだったので、途中でまた一度休む。しかし、実際にはそこからテント場はすぐだった。テントは2-3あるだけ。よりどりみどりにサイトを選べる。雪渓の水が豊富に流れる水場は往復で10分。一段落して、小屋に手続きに行く。道を見失い、大きな溶岩の累積するところを歩いてしまう。食料を失った話などしながら、親子丼を注文する。おかげで夕食を簡単にすませることができ、その分を昼に回すことができた。その後、一応頂上に登っておく。小さな祠がある。播隆が建てたものの延長かと思うが、なんの説明もない。少し離れた所に三角点の横に、小さく笠ヶ岳と書かれた銘板が置かれていたが、これも慎ましいもので、麗々しい百名山の説明板などはない。あとで調べた知識では、播隆が登った1823年より40年以上前に地元の僧侶南裔(なんねい)が登っているらしいが、このことはよく知られていない。




笠ヶ岳への途中にある杓子岩


この夜は最初に2時間ほど熟睡したあとはよく眠れなかった。高山病でもなし、雨音や水音がうるさいのでもなく、疲れていたのでもないのに、このような経験ははじめてである。翌日、非常に心配だったが、結果的にはそれほど問題もなく双六まで行けたので、ひょっとしたらかなり寝ていたのかもしれない。


2012. 07. 23 笠ヶ岳から双六岳へ

コースタイム

0530 笠ヶ岳テント場、0650 三差路、0700 抜戸岳分岐、0712-18 抜戸岳(2813b)、0730 登山道へ、0815 秩父平への降下点、0920-50 大ノマ岳手前の小ピーク、1000-03 大ノマ岳直下(2662b)、1049-53 大ノマ乗越、1127-43 弓折岳(2588b)、1153 弓折乗越、1237-48 クロユリベンチ、1334 双六テント場、1534 双六小屋、1615-1625 樅沢岳(2755b)、1654 双六小屋

前夜に星が見えていたが、果たして好天気の朝となった。目の前に槍穂高のすばらしいシルエットが迫っており、さすがに日本アルプスだ。笠ヶ岳の頂上も始めて見えた。朝日が槍ヶ岳の左手からあがってきたのには驚いた。てっきり穂高から登るものと予想していた。雲海の上に、南アルプス、中央アルプス、乗鞍岳、御嶽山が見える。富士山も甲斐駒の左に辛うじて見えている。頂上からは、富士山と甲斐駒がほぼ重なるが、ここからならはっきりと別れている。塩見岳の左手に雲海から頭をだしているのは霞沢岳だろう。これも予想外。なんとなく西穂のうしろか、せいぜいすぐ右手程度とおもっていたが、西穂よりは中央アルプスに近い。先入観は怖い。この日の目的地は黒部五郎小舎なので、折角だが、頂上からの展望をスキップして、1時間でも節約することにする。その一方で、寝不足なので、ひょっとしたら双六泊まりかなと覚悟する気持ちもある。




テント場からの槍穂の稜線




朝のテント場から笠ヶ岳山頂と山荘(右手)


05:30にテントをたたんで出発できたのは、上々の滑り出し。しかし、前日に見なかった槍穂や笠、さらには黒部五郎や薬師のすばらしい光景を見ながらのんびりと歩いていくと、新穂高への三差路まで1時間20分もかかってしまった。12:30までに双六小屋に着かなければ、黒部五郎を断念することに決める。途中で抜戸岳へ寄り道したので、ますますゆっくりモードとなる。しかし、立ち寄ってよかった。笠ヶ岳、白山を含む360°の展望が得られた。同じゆっくりするなら、やはり笠ヶ岳に登っておくべきだったかと後悔する。




三差路に近づいてからの笠ヶ岳




黒部五郎岳と薬師岳




槍ヶ岳から北穂高岳までの稜線



その後は双六岳を見ながら大ノマ岳、弓折岳へと足を進める。秩父平に向かって尾根から急に東に右折し、下降していく。雪渓と水流が多く、なかなかよい雰囲気だ。規制がなければ絶好のテントサイトになる。その後、大ノマ岳へと登っていくが、ここではこれまでと違う種類の高山植物が出てきて、飽きることがなかった。しかし、ニセピークのようなものが3-4度現れ、なかなか頂上に着かない。2組ほどのハイカーが立ち止まっている分岐点があり、その右上がちょっとしたピークになっていたので登ってみる。なんの標識もなく、その先の尾根が北に向かっているので、大ノマ岳の手前のピークのようだ。とにかく腰を下ろして中食をとっておく。やがてガスが薄れ、北方向にさらに高いピークが見えたので、それが大ノマかと納得する。中食後そちらに向かうがピークには登れない。ちょうど影火打のときと同じで、頂上はすぐそばなのにハイマツで覆われており、道がない。わざわざ行くこともないだろうと先に進む。すぐに大ノマ乗越。以前に烏帽子岳から縦走してきたときには、鏡平小屋はなく、ここから下山した。かすかな道はあるが廃道になっているらしい。




秩父平へ下っていく登山者が見える(正面に大ノマ岳)


弓折岳は大ノマ岳より70mほど低いので比較的簡単に到達する。アースハンモックのような塊がある。三角点はすこし離れた所にある。最高点はさらに先に進んだところにあり、ここちらには踏み跡はない。10分で弓折乗越につく。ここは鏡平への分岐点で、多くの人の姿を見るようになる。鏡平小屋とそのそばの二つの池もすぐ下に見える。立ち止まらずに登っていくと、これといった特徴がないため分かりにくかった双六岳が近づいてくる。花見平からの眺めがよい。さらに進むとクロユリベンチという鞍部に着く。名の通りクロユリが群生している。これだけのものをまとまって見たのは初めてだ。休んでいた3人が去り、ゆっくりとベンチで眺めを楽しんでいると、ツアー客が到着して騒がしくなったので、早々に腰を上げる。すぐに双六小屋が見えるが、そこまではさらに30分ほどの距離があった。12:30までに着くことはできなかったので、ここでこの日の行動を終わりとする。




コルに双六小屋、その先に鷲羽岳


小屋の手前にある池のそばがテント場となっている。広いのでいくらでも場所が選べる。やや小屋からは遠いが平坦な場所に決める。隣の人もテントを建てたばかりで、色々と話をする。コーヒーを飲んだあと、小屋で登録をし、色々なことを聞いておく。小屋そばの蛇口からはいくらでも水が出てくるのがなによりうれしい。双六岳までは1:30ほどかかるというので、樅沢岳に登ることにする。小屋の周辺にイワツメクサが群生している。よくあることだが、ここまでになかったものが急に現れるというのが、実に面白い。理由が知りたいところだが、小屋の人も分からないようだった。すぐ近くに見えているピークが樅沢かと思ったが、さらにかなり奥まで登ることになる。登るにつれ、双六、鷲羽、野口五郎、南真砂などの一部が見える。頂上についても槍穂は見えない。槍穂展望台というところで想像を巡らすだけ。下りてきて、おでんを注文し、ビールと一緒にベンチで食べる。味はともかくかなりの量があり、良心的と言える値段だ。もちろん失った食料補充の意味がある。




樅沢岳から見た双六岳の一部


翌日にゆっくりと黒部五郎まで行けば、1日延びるだけで予定のコースを歩けるのだが、ただでさえ食料不足なのに家に連絡もできないので、それはまたの機会とし、双六岳・三俣蓮華岳周辺で優雅な時間を過ごすことにする。夕食もゆっくりと作る。やや少なめの残りご飯にカレーをかけて簡単に済ますが、おでんが効いたか、全部を平らげるのにやや苦労する。夜はやはり星空になっていた。


2012. 07. 24 双六岳・三俣蓮華岳へ

コースタイム

0715 テント場、0735 中道・巻道分岐、0805 春道へ、0820 稜線に出る、0836-50 双六岳(2860)、1028-1113 三俣蓮華岳(2841)、1205-33 チングルマ平、1255 巻道分岐、1400 三俣山荘直前の分岐、1433-48 鷲羽の好展望ベンチで休憩、1456 三俣蓮華岳との分岐、1522-44 清流、1700 中道・巻道分岐、1722 テント場

睡眠不足を解消し、5:10に起床。腰痛で立ち上がったり、かがんだりするのがつらい。歩く分には差し支えないので助かる。テントは結露のためかかなり濡れている。これまではほとんど一人でテントを張っていたため、他人のテントを見る機会がなかったが、今回ゆっくりとはじめて見て驚いたのは、ほとんどの人がフライ付きだったこと。確かに快適だろうが、重さが増え、手間が増えるので真似する気にはなれない。

少し高みに登ると表銀座が前日以上にはっきりと見えはじめ、大天井岳がやっとあらわれた。中道と巻道の分岐でドコモが電波をキャッチするときいていたので、試してみたが駄目だった。中道を進み、途中で春道を経て稜線にでる。鈴鹿を思わせるような石灰岩の白い尾根が、巾広く頂上へと伸びている。ここにもアースハンモックがある。頂上で他の人が地図を広げていたので、一緒に見せて貰いながら山座同定をする。双六南峰、抜戸岳、黒部五郎、薬師、鷲羽、丸山、祖父、(黒岳)、野口五郎、南真砂、唐沢、餓鬼、燕、硫黄、大天井、北鎌、(槍穂)、西穂。学生の頃に、烏帽子から新穂高まで歩いたが、雨天続きのため、三俣から双六池へは、双六岳を経由しなかった。今回が初めての登頂となる。




双六岳から双六南峰。その先に笠ヶ岳。

双六から三俣にかけての稜線も比較的花が豊富。時々槍の穂先がガスの中に顔を出すが、すぐ消える。三俣の手前のP2854bが三俣より13b高いということ、丸山という名前をもつことを始めて知った。三俣蓮華の山頂でもゆっくりとする。黒部の源流を見下ろしながらスープを作って中食とする。始めてワリモ岳、常念岳を目にする。槍穂は相変わらず見えない。




キバナシャクナゲとハクサンイチゲの群落と鷲羽岳


花、雪、樅沢、そしてかすかに槍の穂





三俣蓮華岳から黒部源流域を見下ろす。正面に黒岳、左右に祖父岳、ワリモ岳。


そのあと、行ける所までと黒部五郎の方へ足を進める。出会う人毎に花がきれいだったかと聞いたが、ほとんどの人はよかったとは言わなかった。しかし、チングルマ平はまずまず満足できた。チングルマとコイワカガミが密度濃く小さな庭園を造っていた。それにしても今回目立ったのは、この両者がいつも一緒に咲いていたこと。よほど相性がよいらしい(この仲睦まじさは、8月に行った鳥海山でもしっかりと続いていた)。さらによかったのは、すぐ近くの高みからみた黒部五郎。目の前に黒部五郎がどかーんと座っており、その前で絶え間なくガスが生まれ、動き、消えていく。見飽きることなく30分も眺めていた。




黒部五郎岳にまとわるガス

一応ここまでと予定していたので、そこから引き返す。三俣蓮華には登り返さず、三俣小屋への巻道をとる。最初、雪の斜面を下り、すぐに雪面のトラバース道となるが、ステップがしっかり切ってあり、なんの問題もない。多くの小川が三俣蓮華側から流れ落ちており、尾根道よりこちらの方が花も多い。距離的にはかなり遠くなったが、こちらのコースをとって大正解だった。三俣小屋のすぐ手前で頂上への道と合流する。小屋には立ち寄らず、そのまま登り始める。頂上までの標高差は300b、分岐までは200bなので、ほとんど頂上まで行くのと変わらない所まで登り返すことになる。ここも花は多く、鷲羽岳を背景にハクサンイチゲの群落があるベンチでまたゆったりとする。

分岐から先はほとんど登りもなく200bの高低差を双六まで戻ることになる。ここも水は豊富で、花も見事だった。三俣から東南に流れ出す沢では、あまりの気分良さに魅入られてまた休む。顔や手、さらには頭と足も洗っておく。さっぱりして腰を下ろしたのは眼鏡の上で、玉をはずし、フレームをねじ曲げてしまった。前年の暮にも女峰で眼鏡の玉を失ったばかりなのに。絆創膏で応急処置をして、帰宅までそのままの姿となる。





鷲羽岳をバックにハクサンイチゲの群落(すぐ左にワリモ岳)


中道との分岐まで戻り、携帯を取り出すと、今回は通じた。家人に、薬師をあきらめ、高山から戻ることを伝える。テント場に戻ると、同様に連泊した隣のテントの住人も戻っており、鷲羽岳に登ってきたとのことだった。この日はソーセージエッグを作るという初めての試みだったが、持って行った油が古かったのか、あまりの臭さに一度暖めたソーセージを捨てて、再度作り直すというようなことをやり、手間取ってしまった。抜戸岳の右手に笠ヶ岳が始めてしっかりと見えた。




夕暮れのテント場から見た抜戸岳と笠ヶ岳


2012. 07. 25 双六池から鏡平をへて新穂高へ

コースタイム

0655 双六テント場、0740-44 クロユリベンチ、0806 花見平、0823 弓折乗越、0900-30 鏡平、0948 熊のおどり場、1003-36 雪渓のそばの水場、1100 イタドリヶ原、1126 秩父小沢、1134 秩父沢、1218 林道、1238 ワサビ平、1357 新穂高BS

目覚ましなしで04:10に起床。この日も腰痛で立ちあがるのがつらい。笠ヶ岳がさらによく見える。ヘリコプターが2度ほど荷揚げにやってきた。小屋で花の名前をチェックしたのち、06:55に出発する。テントは数個になっている。元の道に戻っていくが、天候が違うので別の道を歩いているようだ。尾根に出たとき目の前に槍穂の稜線が現れた。これに驚いたのは不覚だった。地図を見ておれば当然予測できた光景なのに。やがて白山も反対側に明瞭に見られるようになる。クロユリベンチでの白山、花見平での双六岳などの配置は悪くない。それに対して東側は急に落ち込んでいるためか、花が広がるという場所はなく、花と槍穂を組み合わせた写真を撮ることはできなかった。




突然現れた槍穂連峰





クロユリの群落と白山



弓折乗越では穂高の手前に奥丸山があり、その手前に鏡平が静かに横たわっている。下りていくと、これまで目にしなかったオオバミゾホオズキが沢山出てくるので、ゆっくりと写真をとる。ふと見ると左俣谷をガスが満たし始めている。これではお目当ての鏡平からの槍ヶ岳を見逃すかもしれない。槍ヶ岳の稜線は大丈夫そうだったので安心していたが、下からのガスで見えなくなる可能性がでてきた。急いで早足で小屋まで行く。なんとかガスがかかったり、切れたりと好都合の眺め。小屋でカキ氷を食べながら話を聞くと、有名な池は小屋の下の方だという。そちらに行くと数人の人が思い思いの格好で楽しんでいた。絵はがき的といえばそれまでだが、なかなかすばらしい眺めだ。視点をうんと低くすると槍穂が池面に映るようになる。




北穂高から西穂高まで(ジャンダルムの手前は奥丸山)





鏡平の池に映る槍ヶ岳



しばらく下って行くと大ノマ乗越からの大きな雪渓のそばにでる。きれいな水も流れており、絶好の休憩所なので、中食タイムとする。秩父小沢、秩父沢といくつもの水場を通り過ぎて行く。そのたびにタオルを冷水につけ、頭を冷やすのに使う。これが何とも言えない快感。鏡平から実働2時間ちょっとで林道に出る。ワサビ平でまた水を使わせて貰い、新穂高までの道をたどる。途中で風穴から実に気持ちのよい風が吹き出してくるのを楽しむ。登ってきたときには雨の中で、涼を求めるような雰囲気ではなく、涼風が吹いていても気がつかなかった。新穂高のロープウェイ駅では、しっかりした食堂はなく、ビールを飲み、ラーメンを食べるのが精一杯だった。ただ足湯があったのはありがたかった。それに浸かっているとバスの時間になった。




秩父沢にかかる橋から


眺望は抜群、花は盛り、天気は上々、水も豊富、人出も過剰というほどではない、小屋の人達も親切だった。なんの問題もないはずなのに、なにか物足りない。好きな所に泊まるというテント生活の最大の楽しみがない、道にはくどいほどの白ペンキなどがあって頭を全く使わないといったことなどが原因かもしれない。それにしても、それらがそんなに大きな要因となるなのだろうか。



トップページへ      地域別索引へ      中部地方索引へ       年次別索引へ