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2007. 3. 29
  関ヶ原近辺の山々


風邪やら良性発作性頭位めまい症などでしばらく自重していたが、やっと出かけるきになった。目的は東海道新幹線から見える歴史のある山々の一環として関ヶ原周辺を歩くこと。以前に車で一周したことはあるが、それだけではやはり印象に残らない。レンタサイクルをして、効率よく回ることにする。


同行: 単独

  

コースタイ

1010 関ヶ原駅、1025 歴史民俗資料館、1050-1055 笹尾山、1115 天満山下、1129 北天満山南峰、1140 池寺池、1200 北天満山北峰、1205 北天満山南峰、1210-1224 天満山下、1236-1245 南天満山南峰(198)、1252 天満山下、1257-1300 宇喜多秀家陣跡、1323 松尾山登山口、1400-1415 松尾山(293)、1445 登山口、1500 不破関守跡、1517-1525 桃配山(モモクバリヤマ)、1540 歴史民俗資料館、1555 関ヶ原駅

まず、最初は石田三成の笹尾山。地図を見ていて、これは単なる斜面の一部で、笹尾山という名の山はないことを知っていたが、やはり知識と現実は違う。近づくといかにも山という趣であり、上へ登ると良好な展望が開ける。これはよい所に陣を張ったものと感心する。関ヶ原製作所の左右で新幹線が走るのも見えたので、新幹線からも見えることを確認できた。キブシ、ミツマタを見る。





笹尾山から古戦場を見下ろす



その後、島津義弘、小西行長、宇喜多秀家の陣地を巡りながら、北天満山と南天満山に登る。陣地は麓にあるだけで、山の展望を利用したものでないことを初めて実感する。この山は両方とも登山道はないが、登ってみるとそれぞれがツィンピークからなっていることがわかる。地図を見ているだけでも分かるのであるが、やはり体験するのとは違う。両者のコルに自転車を置き、まず、北天満山に登る。ピークらしきものに出るが、なにも標識はない。地図でみると北側にもう少しだけ高いピークがあるようであるが、それほどの魅力も感じられなかったので、すぐ下山することにする。しばらくして、見なれない斜面を下っているので、磁石を調べると北に下りていることが分かった。引き返すことも考えたが、面倒なのでそのまま下ると池寺池に出た。またまた、深く考えないで左回りに帰ることにした。

関ヶ原ウォーランドなどというレジャー施設の前を通り過ぎて、道がないことに気がつく。池を一周してから、もう一度山に入り、できれば南天満山に登りつくとよいなと思いながら、適当に登っていく。コンクリートの残骸と空き瓶が2つある所に出るが、どこかは分からない。南側にもう一つピークが見えるので、そちらに向かうとなんと先ほどのピークであった。コンクリートのピークが北天満山の200mほどの高い方のピークだった。間違ったお陰で両方に登ることができたのだ。今度は注意して自転車の所まで5分で下る。単に35分の回り道だったが、意気が上がらない日だったので、多少消耗した。昼食をとってすぐに南天満山に向かう。やはり適当なところから登ることになるが、こちらも別に藪があるわけでもないので、苦にならない。すぐに気持ちのよいピークに出て、周りを見回すと、さらに奥に明らかにもっと高いピークがある。そこに上り詰めると、木の間から町の一部が見える。水道施設の残骸がある。少し周りをキョロキョロすると三角点があった。






天満山の南北それぞれの双子ピーク



つぎに松尾山に向かう。多少山登りらしいことができそうという期待があった。途中の井上神社に壬申の乱の主戦場がこのあたりであったことが記されていた。このあと、不破の関近くでは、天武天皇(大海人皇子)の兜を掛けた石があったし、桃配山の名の由来は大海人皇子が家来に桃を配ったことによるとあった。大海人皇子がこのあたりに行宮(本営)をおき、近江軍との戦が始まったとは知らなかった。新幹線と高速道路との間の藤古川のサクラとナノハナが長閑であった。松尾山の登りではミヤマカタバミが沢山咲いていた。群生というほどではないが。途中でもかなりの展望があったが、頂上での展望は関ヶ原の陣のなかで随一であった。麓までの距離が長いので、機動性にかける恨みがある。小早川秀秋が様子見をしたくなったのも無理はないかもしれない。真下を走る新幹線、南宮山の下を走る新幹線が見える。





松尾山頂の白い花



このあと、不破の関跡に立ち寄り、最後に桃配山まで自転車を走らせる。快適な下り道で、帰りが思いやられる。桃配山登山は国道のそばの階段を42段登っただけだ。単に大海人皇子の勝利にあやかって決めた地点らしく、とくに戦況を見るのに適しているとは言えない場所だった。少し階段を下りたところから、両天満山が望めた。






桃配山はこのような高みに過ぎない
(奥に天満山)




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