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2021. 03. 13  千頭岳・岩間山 



醍醐駅から高塚山を経て千頭岳に登るつもりにしていたが、前日になって、石山駅から国分団地までバスに乗り、北千町から石山に戻るルートに変更した。メガソーラーを間近で見ることができなくなるが、1時間ほど短くなるので、岩間山に寄り道することができるかと思った。

 

同行単独

コースタイム

0845 国分団地BS、0924 西山路傍休憩地、0955 府県境界尾根、1028 千頭岳(600b)、1040-44 堅田線17、1049 山城北線28、1056-1128 西千頭岳(602b)(堅田線18・山城北線29)、1144 千頭岳、1220 大平山(464b)、1247 下山口、1249-59 岩間山登山口、1306-13 堅田線9・湖南新山科線7、1326-29 湖南新山科線6、1343 舗装道路、1356 奥宮神社、1410-14 岩間山(443b)、1420 正法寺入口、1443 湖南新山科線3、1452 京滋バイパス跨道橋、1500 瀬田線5、1508-23 中千町BS(南京都新八幡線41)

バスの終点から歩きはじめると、前方に大平山、千頭岳かと思われるピークが現われる。今年初めて見る沈丁花のよい香りがしていた。太陽光発電のパネルが並んでいる所に、太陽光発電反対の立て札があった。一緒に歩いていた地元の人にその理由を聞くと、「訳が分からない」と言っておられた。フィールドアスレチックの設備をもった「国分ふれあい広場」を過ぎると、右手に入る小さな道があり、音羽山の名が書かれていた。この道は東海自然歩道であり、道標が頻繁に出てくる。音羽山の名は出てくるが、千頭岳の名は一切出てこない。この辺りの最高峰なのに不思議だ。いくつかの溜池の横をかすめながら、三田川の小さな流れに沿って登って行く。途中で西山路傍休憩地と名付けられた広場があり、さらに沢を遡る。沢を渡るたびに、橋に番号が振ってあり、崩れそうな小さなものからコンクリート製のものまで含め第七橋まであった。前方の空がだんだんと大きくなり、府県境界に乗り上げる。ここの標識に初めて色々な山名が出てきた。左は千頭岳、大平山を経て石山寺・岩間寺、右へ行くとパノラマ台、長等公園とあった。長等公園の名が出てくる理由は全く理解できなかった。とくに趣がある所でもなかったので、そのまま千頭岳に向かう。地図を見ると千頭岳の頂上には電波塔のマークがあるが、電波塔はおろか、頂上の案内もない。少しウロウロしてやっと手書きの小さな「東千頭山」というプレートが見つかった。「東」がついている山名は多分個人的に命名したものだろう。展望もないので、そのまま西千頭岳の方へ向かう。




右手の細い道に入っていく


 


いくつかの溜池を通り過ぎる


 


西山路傍休憩地が見えてくる




最後の第7橋




府県境尾根に着く


 


千頭岳にあったプレート


 


堅田線17の鉄塔の所が分岐になっていたが、左手のしっかりした道へ進んでしまった。すぐに間違いに気付いて引き返し、西方向に登って行く。頂上に行く途中で、左手奥にメガソーラーの一部が望まれた。この日は、ピークハントを主目的にしているので、メガソーラーまで行くのはやめる。西千頭岳の頂上広場には2本の鉄塔が立っており、赤白の巨大な山城北線29は広い鉄柵に囲まれている。広場で昼食をとる。柵の反対側が少し高いので回り込んでみると、そちらに三角点と山頂名を書いた小さな手製のプレートがあった。広場のゴミがひどいので、持って帰ることにして集めたが、ザックの半分程度を占拠するほどの量となった。

千頭岳に戻り、大平山の方へ進むと大きな反射板があった。地形図の電波塔はこの反射板のことと納得した。アセビの花が満開に近く、ツバキの赤も艶やかに輝いていた。途中の小ピークの所にあった標識には、西方向は千頭岳や音羽山でなくパノラマ台・長等公園とあった。登山者のことは念頭になく、東海自然歩道協会のためのものであることにやっと気が付いた。大平山と思われる広場に着いたがここにもしっかりした山頂標識はない。地図に描かれている電波塔はここでも反射板のことで、山頂から少し下りたところにあった。ここで初めて東側にかなりの展望が開けた。ちょうどすれ違ったトレランの人に聞くと金勝アルプスが見えているとのことだった。しかし、帰宅後に調べると三角形の山は太神山だった。そこから30分ほどで県道に下りる。




樹間から望むメガソーラー発電所の一部


 


西千頭岳の三角点
堅田線18の奥に山城北線29

 


大平山の反射板




反射板の所から太神山




アセビ


 
 

ツバキ




県道に下り立つ


 


少し東に進むと、岩間山への登り口がある。ここにある道標にも、岩間寺の表示はあるが、岩間山の名前は出ていない。地理院地図の破線ではなく、その東側の沢に沿った道を登って行く。右手に二本の送電鉄塔が見えたので、立ち寄って行く。そのうちの一つ、堅田線9は横幅が広く、初めて見るタイプの存在感にあふれたものだった。もう一つは湖南新山科線という初めて出会う路線。もう少し登った所にも、同じ系統の鉄塔があった。水平道のような穏やかな道をしばらく進むと舗装道路に出る。東側に下りて行くと石山千町へ、西側の登り道が奥宮神社への道と表示されている。すぐに奥宮神社の石段が正面に見えてくる。その広場には、奥宮トライアルパークという看板が架かっていた。モトクロスバイクが楽しむ場らしい。石段を登りきると拝殿があったが、こぢんまりとしたもの。あちこちに出ている立派な案内板から想像するものとは違う。正面に、岩間山の頂上に立っている大きな建造物が見える。それを目指して足を進める。正法寺への道路から分かれて頂上への目印を探したが、全くその気配がない。仕方がなく、適当に斜面に取付き、高みを目指す。いつも歩いているような藪道に比べるとなんということもないが、岩間山に行くのにこのようなアプローチしかないというのがなんとも理解できなかった。頂上に近づくと城壁のような石組みが見えてくる。とても登れそうにないので、右手に回り込んでいく。広場があり、頂上についたらしい。とくになんの表示もなく、大きな建造物が何かも分からないままだった。かなりウロウロしたのち、やっと小さな山頂名の手製プレートを見つけた。

当初の予定では来た道を引き返すつもりだったが、石山寺の方へ下る方が、知らない道を歩けるので、方針を変更し、東側に向かう幅広の道へ進む。すぐに舗装された道となり、これ以後はすべて舗装道路歩きとなる。岩間山正法寺参道があり、西国三十三カ所霊場の一つでもあったが、この日はできるだけ早く帰りたかったので省略する。湖南新山科線3の近くで、ふたたび東側の展望が得られた。帰宅後に調べると、鶏冠山、竜王山、(大日山)、堂山、P568b、(御霊神社)、太神山、笹間ヶ岳などが見えていた。京滋バイパスの跨道橋を渡り、田圃の中に立つ瀬田線5の送電鉄塔を過ぎて中千町のバス停に着く。その交差点に南京都新八幡線41という初めて見る路線名の鉄塔があった。この日は、全部で5種の路線と10本の鉄塔を見たことになる。鉄塔マニアには忙しい一日となった。




湖南新山科線7(左)と堅田線9(右)


 


迫力ある堅田線9を見上げる


 


奥宮神社に向かう




奥宮神社の拝殿




奥宮神社から岩間山を




岩間山頂上広場の建造物




湖南新山科線3の近くから東側の展望
(詳細な同定は別ページに)

 




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