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2019. 05. 04  白倉岳・烏帽子岳・鷹ヶ峰 



昭文社の京都北山の案内を見ていて、白倉岳に多くの巨木があることを知った。それを目当てに出かける。女房殿がしばらく留守にするので、何カ所かにある川沿いのキャンプ場にテントを張り、峰床山・鎌倉山と東山〜白倉岳の2回の日帰り山行を計画したが、どうしてもバスの便がうまく繋がらないので諦めて1回の日帰り山行とした。やや効率の悪い旅となった。


同行単独

コースタイム

0855 野街道BS、0904 登山口、0953 553b地点、1008-16 620+b地点、1106-08 東尾根分岐、1116 南岳(941b)、1133-1213 中岳(940+b)、1223白倉岳(950b)、1243 烏帽子峠、1248 烏帽子岳(910b)、1256 村井分岐、1336-40 P823b、1405-06 鷹ヶ峰(745b)、1452-56 P548b、1519 沢を下る、1628 安曇川の川原へ、1635-50 渡渉、1700-35 桑ノ橋BS

週末だけに運行される出町柳からのバスは満員。平で皆子山に向かうらしいかなりの人が下車したのでやっと座れた。坊村に来ると武奈ヶ岳へ行くほとんどの乗客が降り、ほとんど空になった。早朝の6時前に芦屋で電車に乗ったのに、栃生の手前の野街道でバスを降りたのは9時近くと長い旅となった。当初は桑野橋から栃生へ縦走する予定だったが、出だしが分かりにくいという記事を読んだのを思い出し、逆コースにすることにした。安曇川を左岸に渡ったところにある登山口から登り始める。いきなりの急坂で、最初からストックを用意する。のどの渇きがひどく、最初から何度か水を口にする。こんなことは珍しく、水不足になるかと心配したが、結果的には大丈夫だった。10分ほどで傾斜は緩くなり、快適な尾根を進む。途中で上のシャツを脱いで、Tシャツ一枚になったときYAMAPを見ると、尾根の下のトラバース道を歩いていることが分かったので、尾根に登り返した。それが正解だった。京都の山には昨年の台風の爪痕が残っているが、ここも例外ではなく、次々と障害になる倒木が現われる。大きなミズナラが無残な姿を見せていた。尾根全体がかなりの距離で倒木に覆われ、大きく回り道を強いられることもあった。しかし、全体として道は明瞭で、苦労はなかった。数は少ないが、スミレ、コバノミツバツツジ、タムシバ、コバノガマズミ、ヤマザクラ、コイワカガミなどが目を楽しませてくれる。上方に青空が大きくなったと思ったら主稜線に出た。東尾根分岐という標識が立っていた。そこから北に向かうとすぐに南岳。ここには背の高いブナがすっくと立っていた。見上げると青空を背景に新緑の若い葉がまぶしかった。



倒木群


 


ミズナラの大木が


 


東尾根分岐点に近づく




南岳のブナ


少し下って登り返すと中岳。ここには、この辺りの盟主とでもいうべき400年を超える樹齢の杉の巨樹がどっしりと構えていた。根元近くで数本に分岐した幹がそれぞれに太く、全体としての幹周りは10bを超えているようだ。写真を撮るには、小さい人間がいた方がよいので、セルフタイマーで自分を入れてみた。この日も誰にも会わない一日だったので、他人に頼めなかった。ここで、目の前の杉を見ながら、ゆっくりと昼食をとる。中岳と本峰の間の高低差は少なく、すぐに着くが、ここもよい展望は得られない。烏帽子峠へ行く途中で、蛇谷ヶ峰などが見えるが、木々に遮られ、部分的にしか見ることができない。烏帽子峠、烏帽子岳、村井分岐を過ぎ、823b峰に着く。すぐそばに送電鉄塔があるので、立ち寄るつもりだったが、急坂をかなりの所まで下らないといけないことが分かり、途中で諦める。823b峰を出たあたりで、初めて広い視野での展望が得られた。釣瓶岳と武奈ヶ岳の右手遠くに蓬莱山が並んでいた。



中岳の大杉


 


白倉岳山頂


 


蛇谷ヶ峰




釣瓶岳、武奈ヶ岳、右端に蓬莱山


鷹ヶ峰で大彦峠への道と分かれ、東への尾根を下って行く。ここまで頻繁にあったテープ類が急になくなり、あまり歩く人がいない様子だった。尾根もだだっ広い上、いくつもの尾根が派生するので要注意だ。YAMAPにはルートが書かれておらず、山と高原地図には途中が点線になっている。548bの基準点があるところまでは無事に到達したが、その後でかなり間違ってしまった。いつもは昼食時にスマホに充電するのだが、この日はミスしたため、残量が危なくなってきた。チャージしながら、YAMAPを時々は見てはいたのだが、気が付いた時はかなり南にずれていた。北に向かって軌道修正をしたがそのうち大きな谷に行き当たり、下りるのは難しくなさそうなので、そのまま下りていく。ここで、登り返して、予定していたコースに戻るのが正解だったが、後の祭りだ。すぐに谷は細くなり、両側は登るのが難しい急な崖となった。安曇川に出られれば何とかなるとは思ったが、この先がどのような地形になっているのかは地形図からは判断できない。しばらく下って行くと左手の高みに抜けられそうな所があったので、登ってみた。まあ、歩きやすくはなったので、そのまま下りていく。ここでも早めに北の方へトラバース気味に歩いた方がよかったのだろうが、ついつい歩きやすい尾根筋を下りた。しばらくすると通信施設のようなものがあり、そのあとは踏み跡があるだろうと安心したが、用済みの施設だったようで、すこし踏み跡があったがやがて消えてしまった。安曇川が目に入るようになったが、川原に出るべきかどうか分からず、川と平行に左手に歩いていく。三嶺の下りで同じような経験をしたことを思い出す。その時は、祖谷川支流の西山谷を目の前にして逡巡したのだった。トラバース気味に歩いていくとどうしてもいくつかの小さい谷を越えることになる。小さくても簡単に下りて登るという訳にもいかず、少し渡れるところを探して上に登る。これも、鈴鹿の神崎川の右岸で同じようなことをしたのと似ている。もっとも今回の苦労はあの時に比べれば物の数ではない。ここでも、たくさんの倒木がバリケードを築いていた。川原が近くになったので、思いきって下りてみる。向かい岸には朽木キャンプ場があり、連休中でもあるので大勢の家族連れが楽しんでいる。川原を歩くのはうんと楽だったが、予想通りそのまま左岸を歩いて桑野橋までは行けない。崖が川まで迫っていて川を渡らないといけないのだ。ここでまた、以前の苦労を思い出す。大峰奧駆の最後で熊野川を渡ったときに油断して転倒し、全身ならびに持ち物をずぶぬれにした苦い経験がある。今回は、転倒しても大丈夫なように濡れない準備をし、靴下を脱いで、ズボンをまくり上げて川に入っていく。膝の上まで水が来たので、ズボンは少し濡れたが、足を取られることはなかった。大勢のギャラリーに見守られながら、無事渡り終える。最終バスまでの時間がたっぷりあったので、後始末をゆっくりとすることができた。



鷹ヶ峰


 


鷹ヶ峰のブナ

 


小沢を下る




安曇川の左岸に岩壁が立ち塞がる


この日は、女房殿を待たせているのではないので、安曇川駅でビールを飲み、夕食を終えて帰途につく。この時間帯では新快速はないので、家に戻ったのは21時を過ぎていた。15時間半の行程のうち、山の中にいたのは8時間なので、半分以上は移動(+夕食)に要した時間ということになる。電車とバスの運賃が合計で4800円。巨樹や尾根道などはよかったし、花も少しはあった。しかし、快晴なのに展望がほとんどないのは残念だったので、コストパーフォーマンスのやや悪い山旅だった。


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