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滅びゆくものたち   



山を歩いていると、色々と過去に活躍した遺物が残されたままになっているのに出会う。それぞれの歴史を想像しながら通り過ぎる。




北都観光リフト駅 (蔵王山)

刈田岳山頂近くの山形県側駐車場の近くにあるリフト乗り場。2つのリフト運行が計画されたが、山形の経済界を牛耳るボスが、国や県を動かして、地形図に描かれていた県境を移動させたという前代未聞の事件。敗れた北都観光は国や県を相手取って長年の裁判を闘った。最終的には、北都観光の勝訴となったが、完成していたリフトを一度も動かすことはできなかった。高山植物の宝庫である御田の神に毎週のごとく通ったときがあったが、いつもこの遺物の前を通っていた。

 

白沢峠 (奥秩父)

笛吹川の支流の白沢を尾根まで登りつめると白沢峠となる。ここは廃道になった林道が走っていたので、そのときに乗り入れたトラックが放置され、朽ち果てていた。モダンアートととる人がいるかもしれないが、やはりゴミと思う人の方が多いだろう。白沢峠とヤブ沢峠の間にも傾いたトラックの残骸があった。このあと笠取小屋を経て、奥秩父の主脈縦走路と合流する。



大瀞の橋 (鈴鹿神崎川)

鈴鹿山脈の神崎川源流は、鈴鹿の奥座敷といわれており、人と出会うこともほとんどない秘境。下水晶谷が合流するところは、切り立った崖に囲まれた大瀞というひときわ美しい所である。その真上に架かる橋は、年々傾きがひどくなり、最近は「危険につき渉れません」という標識が見られるようになった。谷までの深さも相当なものなので、もう無理をする人もいないだろう。


茨川廃村 (鈴鹿)

 
鈴鹿では神崎川周辺に入れ込んでいたが、主稜線歩きもよいかとハト峰峠から藤原岳まで縦走した。一日目は八風峠にテントを張り、二日目は治田峠から伊勢谷を小一時間ほど下って茨川廃村まで寄り道することにした。電灯がともることないまま、1965年に最後の住人が離村したという。そのときの筒井氏の住居を名大WV部が管理しており、誰でも利用できるとのことだったので、テントを張らずに一夜を過ごさせてもらった。
 


トロッコ軌道の橋 (京都・芦生の森)

芦生の森の素晴らしい自然のごく一部を楽しんだのち、山の家で快適な夜を過ごす。翌朝、トロッコの軌道が残る橋で由良川の左岸に渡り、軌道に沿って歩き始める。かつて木材の搬出に使っていたもの。やがて線路に分岐線が出てきた地点は灰野の集落跡だった。そのあと、赤崎川を渡るところの橋が傾いていて、何とも言えない味わいのある風景となっていた。



インクライン跡 (京都・蹴上)

 
青蓮院、将軍塚青龍殿、日向宮、南禅寺水路閣、インクライン、蹴上駅といったコースを歩く。ごく一部にハイキング的要素。インクラインはサクラも見事なので、京都観光の名所になっている。蹴上と動物園近くの琵琶湖疎水を結んだ傾斜鉄道。約36mの高低差を克服するために舟を台車に乗せ、ケーブルカーのように運んだ。インクラインによって、琵琶湖からの舟は貨物の積み下ろしをせずに、高低差を乗り切り、京都市内に運ばれた。1948年にその役目を終えたという。



福知山線廃線敷 (武田尾・名塩間)

 
武庫川の渓谷沿いに続くJR福知山線のかなりの部分がトンネルが開通したことにより、廃線となった。旧線跡がそちこちに残っているが、武田尾と名塩の区間は今は開放されていて気楽に歩くことができるようになった。多くのトンネルや橋などの遺構が現役のときとほとんど変わらぬ姿で残っており、桜、新緑、紅葉の時期はすばらしい。少し寄り道するとサクラ博士として有名な笹部氏が丹精をこめて育てたサクラの園や大峰山へのハイキングも楽しめる。


ロープウェイ表六甲駅跡 (六甲山)

 
1970年に有馬〜カンツリー駅間の有馬線とカンツリー駅〜天狗岩駅〜山上駅間の表六甲線が開通したが、後者は並行するバスに客を奪われ、2004年に運行休止となった。廃止ではないため、現在でも多くの施設が残されている。左の写真は、天覧台カフェから見た山上駅で、ゴンドラが今も残っている。この駅舎は、六甲ケーブル山上駅の最下部からも見える。天狗岩駅もそのままだが、近くのオリエンタルホテルも2007年に営業を停止し、山の風景も刻々と変わって行く。。


廃屋 (剣山・貞光川)

冬の剣山に登ろうと、剣橋バス停から歩きはじめた。葛籠お堂に着く前からかなりの雪を踏むことになり、予想外だった。最初の沢を渡って30分ほど進むと、廃屋があった。さらに1時間ほど歩いて、とても劔神社まで到達できないと覚り、廃屋まで戻って一夜を過ごした。半畳ほどの板を立てかけて風よけにし、シュラフに入ったが、風が吹くと雪が頭の上に舞ってきた。−4℃程度だったが、まずは快適に過ごすことができた。翌朝、再度前進してみたが、ルートも不明瞭で、雪も腰まで潜るほどになった時点で引き返した。



トロッコ道 (屋久島)

 
淀川小屋に一泊。 翌日宮之浦岳に登ったが、頂上では猛烈な風雨だった。大きな岩の風下に身を寄せると、雨は水平に飛んでいたので、濡れることなく食べものを口に入れられたというのが印象に残っている。縄文杉、ウィルソン株を経て、大株歩道入口辺りまで来ると、かなり天候は回復してきた。あとは安房森林軌道というトロッコ道を下るだけ。1969年まで屋久杉などの運搬に使われていたという。



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